向かってくる死

「良寛って知ってるか?」僕が黒岩理事長から言われた言葉である。何となく、聞いたことはあるもののどのような人かは全然知らなかった。

研修医時代には必ず地域医療を学ぶ機会がある。僕は新潟南魚沼市に実習に来た。普段研修では救急医療・先進医療など高度な医療に触れていることから考えれば、地域での医療は新鮮だった。現在の私に取り巻く環境の医療というと、生にこだわり、死から遠ざけることに焦点が当てられていると思う。確かに緩和医療やホスピスなどの言葉は聞くが、あまり関わったことのない分野であった。それをこの南魚沼では多く感じ、考えることができた。

南魚沼は全国的にも高齢化が進んでおり、全国平均よりも5%以上高い水準となっている。研修させていただいている萌気園は20弱のグループがあり、その中に診療所をはじめ、多くの介護施設、グループホーム、デイケアなどがある。その中でたくさんの人に出会い、たくさんのお話を聞くことができた。人は必ず死ぬものであり、死から遠ざけることを考えるのではなく、どのように死を受け入れるか、など多くのことを考えるきっかけになった。

長岡西病院にビハーラ病棟という所がある。大きな枠で言えばガンと診断された人しか入所できない、末期患者の緩和医療病棟である。はじめに入って驚いたのは、病棟の中に仏像があったことだ。日本に3つそのような病棟があるのだという。そしてお坊さんによるお経がはじまり、患者さんたちは一緒にお経を唱えている。いささか顔が和んでいるような印象を受ける。院長先生によると、夜中に不穏になってしまう患者が夕方のお経を聞いた日にはゆっくりとお休みになられるってこともあるそうである。やはりその心の拠り所であるものをどこに見出すか、どのように死を受け入れていくか、などを真剣に地域全体で考えている所であると感じた。

この度、黒岩理事長に薦められて、「楢山節考」・「納棺夫日記」という本を読んだ。「楢山節考」は姨捨山の話、「納棺夫日記」は映画でも有名になった「おくりびと」のモデルとして有名な本である。特に納棺夫日記には納棺をする職業のことを通し、感じた作者の死生観、また仏教(浄土真宗)に関しての記述がたくさんあった。その後、気になって、映画「おくりびと」を借りて見てみた。映画では納棺する人物に焦点が当てられており、またヒューマン・ドラマになっており、作者の青木新門さん意図したものとは違うと感じてしまったが。本と映画では全く別の作品であると感じた。

現在の医療現場でも感じる生への執着。生命維持装置をつけ、生と死の狭間を彷徨っている。本人・家族が何としてでも1分1秒でも生きたいと考えているか、それか安らかな死を迎えたいかはわからない。DNARといって生前に自分の生き様を宣言しておくことは大切であると思う。また死に関しての受容はひとそれぞれであり、それが宗教に頼ったり、仏、キリストに頼ることなのかもしれない。この青木新門さんの本を通して浄土真宗・親鸞の教えをわかりやすく知ることができた。あまり仏教に関して勉強したことはないが、この本は親鸞の教えを知るには最高にわかりやすかった。

南魚沼での経験・読書を通して人間が必ず出会う死に関して多少なりとも考える機会になった。死ぬ直前まで自分なりの答えは出ないような気もするけれど永遠の課題として考えて見ようとも思った。